TMS(経頭蓋磁気刺激)による発達障害の治療効果について
当院では、発達障害の治療にTMSを実施しています。
この記事では、発達障害の原因やTMSの治療効果における最新の研究や報告を紹介します。
発達障害とは
発達障害とは、脳機能の異常によって日常生活に困難が生じている症状です。
大きく分けて「ADHD(注意欠如多動性障害)」「ASD(自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群)」「LD(学習障害)」の3つの症状があり、それぞれ単体で症状を抱えている人もいれば、複数を抱えている人もいます。
また、それぞれ診断基準は満たさないが一定の症状が見られ、日常生活に困難をきたしている発達障害グレーゾーンの方もおり、保険診療の精神科では十分な診断や治療がされていないという現状もあります。
上記3つの症状について簡単にご説明します。
ADHD(注意欠如多動性障害)
ADHDは「不注意」「多動性」「衝動性」の3つの特性を持つ障害です。多くの場合、いずれかの特性が強く出る傾向があります。
たとえば、ケアレスミスや忘れ物が多い「不注意優勢型」、じっとしていられなかったり、思ったことをすぐ口にしてしまう「多動・衝動性優勢型」などのタイプがあります。
ASD(自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群)
ASDは「社会性の障害」「対人コミュニケーションの障害」「強いこだわり」の3つの代表的な特性がある障害です。
人と目を合わせて話すことができなかったり、マイペースに行動したり、冗談が通じなかったりします。
子どもにも大人にも共通する特性ですが、大人になると多少改善が見られたり、周囲に合わせて行動するようになるため、症状が目立たなくなる事が多いです。
LD(学習障害)
LDは知的障害などではないものの、読み・書き・計算などの特定の領域で学習の遅れが見られる状態です。
- 読字障害(ディスレクシア)
- 書字障害(ディスグラフィア)
- 算数障害(ディスカリキュリア)
の3つがあり、いずれかの症状が見られる場合や、読み・書きができないなど併発しているケースも存在します。
子どもの頃は何とか隠し通せたものの、社会人になって仕事を始めると症状が露見するというケースも多いです。
発達障害の症状が生じる原因
発達障害が生じる原因ははっきりと解明されていないというのが現状ですが、近年の研究では神経シナプスの可塑性異常が原因ではないかと言われています。
大脳皮質の神経シナプスの可塑性異常
人間の学習・記憶にはシナプスが関わっている事が分かってきています。
神経シナプスには前細胞と後細胞があります。
- 前細胞:情報を送る側の細胞
- 後細胞:情報を受け取る側の細胞
情報伝達の過程では、前細胞からグルタミン酸(神経伝達物質)が放出され、後細胞表面に発現するグルタミン酸受容体に結合します。これにより、情報が細胞間を伝達します。
これが基本的なシナプスの動きですが、近年の研究で一部のシナプスではLTPとLTDという現象が発生している事が分かってきています。
- LTP(long-term potentiation):後細胞のグルタミン酸受容体が増え、情報伝達を亢進する。長期増強ともいう。
- LTD(long-term depression):後細胞のグルタミン酸受容体が減り、情報伝達を鎮静する。長期抑圧ともいう。
正常な状態では、これらの働きがバランス良く調整されており、必要な情報は記憶する、不要な情報は遮断するようになっています。そして、よく使われる脳の回路の処理効率を高め、使われない回路の効率を下げることで最適な処理システムを構築していくのです。これを可塑性と言います。
一方で、発達障害は情報伝達を亢進するLTPの働きが過剰になっていると言われています。要するに、情報伝達の量が正常な人よりも多い状態です。つまり、脳の可塑性がうまく機能していない状態であると言えます。
これにより、不必要な情報も伝達されてしまうため、処理量が多くなってしまい、思考が整理されなかったりモヤモヤとした感覚に陥ります。こうして集中力が続かないなどの症状が出てくると考えられています。
また、発達障害の特性を持っている場合、通常寝ている間に誘導されるLTDが誘導されにくい事が指摘されています。つまり、寝ていても脳が情報の受け渡しを続けてしまうため、寝ても寝た気がしないという状態に陥ります。これが不眠などの症状にもつながっていくのです。
発達障害に関連する遺伝子について
発達障害に関連する遺伝子は神経シナプスの結合に関係する遺伝子であると研究で分かっています。
長崎大学はマウスにLTPを増強するように遺伝子を組み込んだところ、こだわりが強くなったり、引きこもったり、音に対する過敏反応を示すことを発表しました。(理化学研究所 脳科学総合研究センターの有賀 純氏の研究より)
この実験が示しているのは、LTPを増強する遺伝子を持っている場合、発達障害(特にASD)の特性も併せ持つということです。
LTPの働きが過剰になっている状態、つまり可塑性がうまく作用してない状態を解消する事が、発達障害の特性の改善にもつながるのです。
そして、この可塑性をターゲットにしている治療法がTMSです。
発達障害とTMS治療
TMS治療は発達障害の特性と関連性が高いとされるシナプスの可塑性に焦点を当てた治療法です。磁気刺激を与えることで脳内のニューロンを興奮させ、脳活動を引き起こします。
簡単に説明すると、高頻度で刺激することで神経シナプスを活性化させ、低頻度で刺激することで抑制させることができます。
ADHDへのTMS治療
Xianju Zhou氏が2018年に発表した102th Hospital of People’s Liberation Army of Chinaにおける臨床研究ではADHD(注意欠如多動性障害)に対するTMS治療の高いエビデンスが示されています。
(Neuropsychiatr Dis Treat. 2018; 14: 3231–3240. Xianju Zhou et.al)
刺激方法としては右DLPFC(背外側前頭前野)に対して、高頻度刺激を行っています。
いわゆる薬物治療は薬を飲んでいる時のみ効果がありますが、経頭蓋磁気刺激(TMS)は治療完了後も持続した効果があります。
TMS(経頭蓋磁気刺激)治療はADHD(注意欠陥多動性障害)の集中力、多動や衝動性、攻撃的な行動を改善することが臨床研究で明らかになっており、数々の論文が報告されています。
薬物治療のような副作用も報告されておらず、一生薬を飲み続けなければならないということもありません。
15-30回の治療で安定した治療効果を得ることが可能です。
ASDへのTMS治療
2017年、ブラジルのCaio Abujadi氏がサンパウロ大学で9歳から17歳のASD(自閉症スペクトラム)の男性に対して行った臨床研究の結果が報告されました。
右のDLPFC(背外側前頭前野)に対して、シータバーストという高頻度刺激を3週間かけて施行し、RBS-R, YBOCS, WCST, Stroop testの4つの評価尺度で、自閉症スペクトラムの繰り返しの行動や、こうしなければならないというべき思考、認知の機能に改善が見られたことが示されました。(Rev Bras Psiquiatr. 2018 Jul-Sep; 40(3): 309–311. Marco A. Marcolin et.al )
また、2018年に発表されたアメリカのサウスカロライナ大学のManuel F. Casanova氏は、正常知能の124人のASD(自閉症スペクトラム)の患者をいくつかのグループに分け臨床研究を行いました。低頻度刺激を左右のDLPFC(背外側前頭前野)に対して組み合わせて施行することで、行動に改善がみられることを示しました。
(Front Syst Neurosci. 2018; 12: 20. et.al )
このように、TMSによって発達障害の特徴である「こうあるべき思考」などが改善されていくことが分かっています。また、緊張の緩和にも有効であるとされています。
全員に治療効果が見られるわけではない
TMSは発達障害に対して治療効果があり、薬物療法と異なり根本的な改善にもつながる治療法ですが、治療を受けた全体の10%程度は残念ながら効果が見られないことがあります。当院ではより治療効果を感じやすいように照射位置をオーダーメイドで調整していますが、例えば発達障害と二次障害を併発しており、それぞれの症状が強い場合などは効果が見られにくいことがあります。
日本のTMS治療は遅れている
TMSは、現在国内では重度のうつ病のみが保険適応となっています。発達障害やその他の精神疾患にTMS治療を行う場合は保険適応外となりますので、治療自体はどこのクリニックでも高価になる傾向があります。
TMSがうつ病に効果的というのは確かにそうですが、それは脳の神経を刺激して低下した機能の活動を上げるという単純な治療に過ぎません。これはTMS治療のほんの一角に過ぎず、その中でも抗うつ薬で治療効果の見られなかった難治性のうつ病にのみ適用されているのです。日本で承認されているのは極めて限定的な治療であると言えます。
また、発達障害の二次障害として現れるうつ症状については保険適応外です。(TMS治療における刺激部位やパターンが異なるため、同じ治療ではありません。)
欧米でのTMSの活用状況
日本ではまだTMS治療を扱っている精神科クリニックは少ないですが、欧米では積極的に活用されています。
日本の先端医療はアメリカから5年以上遅れを取っていると言われており、発達障害とTMSに関する日本語の文献は多くはありません。
ハーバード大学、ブラウン大学、ノースカロライナ大学などの大学で経頭蓋磁気刺激(TMS)の研究がなされ、欧米では一般のクリニックでも臨床応用が進んでいます。
実際、PubMedというNIH(アメリカ国立衛生研究所)が運用している論文検索サイトでは発達障害とTMSに関して数々の報告があります。
アメリカでTMSが承認されたのは2008年、日本で承認されたのは2019年。この11年の間に、海外でTMS治療はめざましく進歩しています。アメリカのTMS学会ではTMSが有効かどうかという議論はとうに済んでおり、より効果的な治療法や適応拡大への議論が繰り広げられています。
様々な疾患へのTMSの臨床応用が進んでいる
海外では、TMSは強迫性障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、統合失調症、アルツハイマー型認知症などの精神疾患、脳梗塞の後遺症、パーキンソン病などの疾患、慢性疼痛、耳鳴などの疾患にも応用が広がっています。
発達障害と薬物治療
当院では発達障害についてTMSによる治療を提供していますが、多くの精神科では薬物療法を中心とした治療が提供されています。
薬物療法では症状に合わせて抗精神病薬や抗うつ薬などが処方されます。
もちろん、発達障害の二次障害で精神症状が強く見られる場合には症状を緩和するために薬物療法を選択することもあるでしょう。しかし、薬物療法はあくまでも対症療法であり、症状が根本的に改善することはありません。
また、副作用が出る人も多く、発達障害の特性を抑えるために別の症状を我慢しなくてはいけないということが起こります。
可能であれば薬を使わずに、副作用も少ない治療法で改善を目指したほうが良いのは明らかです。薬物療法であまり効果を感じない方、薬を使わない治療法を試してみたいという方はぜひ当院にご相談ください。
まとめ
発達障害へのTMS治療は海外ではその有効性が報告され始めています。日本では重度のうつ病にのみ保険適応となっていますが、普及が進むにつれて適応範囲も拡大されることが予想されます。
当院のTMSチームは医師、看護師、臨床工学技士が在籍しており、各々の専門性を持って協議しながら発達障害に最適化されたTMS治療を洗練化しています。今後も発達障害に対する適切なTMS治療が広がることを願い、それを牽引する存在として日々治療に取り組んでまいります。
脳の状態を診断するQEEG検査(定量的脳波検査)【当日治療開始可能】
15歳男性 ADHD、アスペルガー症候群合併
21歳男性 アスペルガー症候群、不安障害合併
22歳女性 アスペルガー症候群、うつ合併
8歳女性 学習障害、ADHD合併
技術の進歩により、治療前と治療後のQEEGの変化を客観的に評価することも可能になりました。
QEEG検査で脳の状態を可視化し、結果に応じて、薬を使わない治療など個人に合った治療を提案します。